八百津発世界行、「杉原リスト」記憶遺産へ

IMG_1976

カウナスと八百津の友好関係について語る、赤塚新吾町長

かの杉原千畝を生んだ、岐阜県加茂郡八百津町。木曽三川が流れ、自然に囲まれたのどかな町だ。筆者の父の故郷でもある。去る10月31日、岐阜県の古田肇知事と八百津町の赤塚新吾町長がリトアニア・カウナスを訪問。赤塚町長は、自身が指揮を取ってきた、「杉原リスト」のUNESCO世界記憶遺産登録にむけての八百津町の取り組みに関する講演を行った。

国内委員会は、今年9月24日、2017年の登録を目指す世界記憶遺産の候補として「杉原リスト」を認定。正式名称は、「杉原リスト―1940年、杉原千畝が避難民救済のため人道主義・博愛精神に基づき大量発給した日本通過ビザ発給の記録」。2139名の名前が書かれたビザ発給リストを含む外務省の公電、杉原千畝自筆の手記、杉原千畝の発給したビザが記載されているパスポートら、全20点で構成されている。

 

11218769_853232894761409_8319862343092368866_n

杉原千畝記念館に併設された、人道の丘公園のモニュメント

「杉原リスト」の申請の意義について、赤塚町長は、「世界各地では、今なお人種差別や偏見などによる戦争が絶えない。当時、杉原千畝氏が取った行動は、勇気があり、世界的にみても貴重なものであった。日本の八百津町は、彼の行動を世界に発信して人々の記憶にとどめ、世界平和と命の大切さを後世に継承したいと考えている」と胸の内を述べた。

八百津町には、2000年に作られた杉原千畝記念館がある。入場者数は、増加の一途を辿っている。毎日新聞の報道によれば、1日平均90件ほどだった来場者数は、今年4月のリニューアル後に150人に増加。記憶遺産候補のニュースを受けた9月以降は、270人を超えるという。

記念館の展示は、若かし頃の千畝やホロコーストの歴史から始まり、当時の状況を目と耳で感じることのできるものになっている。執務室を模した決断の部屋では、自分だったらどうするかを考えられる。イスラエルなどの海外からの訪問客も多く、英語で書かれた新しいパンフレットも作られている。

 

IMG_1958

岐阜県の魅力について紹介する、古田肇知事

古田知事は初めてのカウナス訪問だったが、赤塚町長にとっては3度目の訪問。「カウナスは、八百津町のように緑が多く綺麗な町だ。共通点も多く、訪れるたびに懐かしさが増している。今後もカウナスとの絆を深めていきたい」と語った。

在リトアニア日本大使館の重枝豊英特命全権大使、岐阜県の古田肇知事、八百津町の赤塚新吾町長、カウナス市のシモーナス・カイリース副市長が一同に会す場面もあった。カイリース副市長は、「歴史あるカウナスの町で戦争のことを語る際に、杉原千畝のことを語るのは避けられない。彼がカウナスにいたのは大事なことであり、記憶遺産の取り組みを支援をしたいと思っている。歴史的建築のあるカウナスの町並みも世界遺産登録を目指しており、関連付けたい」と話した。

 

 

今後のスケジュールとしては、申請物件として「杉原リスト」を認定したUNESCO国内委員会が、2016年3月にUNESCO本部へ記憶遺産登録申請書を提出する。その後、2017年に審査結果が発表される。国内候補認定後も、実際に登録されるまでには時間があり、より国内・国際的な一層のPR活動が求められる。なお審査されるのは、資料の内容の歴史的な正当性ではなく、あくまで資料の保全や管理の必要性だという。「杉原リスト」の登録に向けた日本のイニシアチブは、リトアニア・イスラエルだけでなく、ロシアにも支持されている。

「八百津町では、現在、杉原千畝に関するどのような教育がなされているのか」というBalticAsiaの質問に対し、赤塚町長は「町の小中学校では人道教育として、彼のことを教える機会を設けている。杉原千畝の行動を学んで、人の心の痛みのわかる子供に育ってほしい」と話した。

IMG_2001

当日は子供を含む現地の人が集い、講演は盛況であった

また、取材に来ていた新聞記者の方は「杉原千畝が日本人にとって大事なのは当然だが、それ以上にリトアニア人にとっての彼の意義について興味がある。どういうリトアニアの人が、彼にどういう興味や関心を持っているのか考えながら取材を続けたい」と語った。

杉原千畝の功績は、人命の大切さ、「組織」と「個人」のあり方などを考えさせてくれる、普遍性を持ったものである。「日本人」だけにとどまらず、様々な人に尊敬される存在になるように、UNESCO世界記憶遺産への取り組みを応援したい。

Author: Yasufumi Nakashima

Share This Post On