「夏目漱石をリトアニア語に翻訳する。」

現在のリトアニアで最も知名度が高い日本人作家は、村上春樹である。しかし、日本の古典作品、作家はあまり知られていないようだ。日本の古典作家として有名な作家の一人に、夏目漱石があげられる。今回は、夏目漱石について、能楽師の安田登氏へのインタビューを踏まえて、紹介しようと思う。

夏目 漱石(なつめ そうせき、1867年2月9日 – 1916年12月9日)は、日本の小説家、評論家、英文学者。江戸の牛込馬場下横町(現在の東京都新宿区喜久井町)出身。大学時代に正岡子規と出会い、俳句を学ぶ。帝国大学(後の東京帝国大学、現在の東京大学)英文科卒業後、松山で愛媛県尋常中学校教師、熊本で第五高等学校教授などを務めた後、イギリスへ留学。

帰国後、東京帝国大学講師として英文学を講じながら、「吾輩は猫である」を雑誌『ホトトギス』に発表。これが評判になり「坊っちゃん」「倫敦塔」などを書く。その後朝日新聞社に入社。『行人』『こゝろ』『硝子戸の中』などを執筆。晩年は胃潰瘍に悩まされ、「明暗」が絶筆となった。

 

夏目漱石の功績としてあげられるのは、二葉亭四迷から続く、言文一致体の完成である。漱石は落語と新聞の影響を受けて言文一致体を完成させた。言文一致(げんぶんいっち)とは、日常に用いられる話し言葉に近い口語体を用いて文章を書くことである。日本において、明治時代に言文一致運動の高揚から、それまで用いられてきた文語文に代わって行われるようになった。

 

夏目漱石をリトアニア語に翻訳する意義

夏目漱石の「吾輩は猫である」を翻訳するにあたって、大きな困難がある。それは、筋がないということである。彼は、小説に筋は不要である、と「草枕」の中で述べている。対照的に、ヨーロッパの文学はアリストテレス以来、筋を大切にしている。ヨーロッパ人と日本人の文章に対する姿勢がかなり異なっているのだ。

しかし、リトアニア語に翻訳し、リトアニアの方々に読んでいただくのであれば、日本の文学とヨーロッパの文学の違いを学び、日本とは何かを学ぶ良い機会になるだろう。

また、漱石の生きた時代は、明治維新後の、西洋文化受容の時代であった。日本人の価値観は大きく揺るがされた。当時の状況に危惧を覚えた漱石は、「吾輩は猫である」の中で、猫の視点と笑いで当時を描いた。難しいことを難しく書くことはできる。しかし、難しいことを誰にでもわかるように書き、笑いにしてみせる、笑い飛ばしてみせる。当時を笑いで描いた、というのは彼の大きな功績のひとつであろう。

 

リトアニアの人々は、ソ連から解放されたことによって、価値観の変換を強いられた。日本人もまた、明治維新の時代に価値観の変化を強いられた。夏目漱石の「吾輩は猫である」を読むことは、日本人がどのように価値観の変化を捉えて、乗り越えてきたかを知る、良い機会になるだろう。

 

安田登(やすだ・のぼる)

能楽師 安田登さん

能楽師(ワキ方・下掛宝生流)。Rolf Institute公認ロルファー。東京を中心に舞台を勤めるほか、海外公演も行う。寺子屋「遊学塾」を主宰し全国で出張寺子屋を行う。国内外の学校や市民大学講座などでワークショップも行う。また物語や詩の朗読、音楽とのコラボレーション、能のメソッドを使った朗・群読の指導を行う。

代表作:●『イナンナの冥界下り(アーツカウンシル東京長期助成)』:世界最古の神話であるシュメール神話の「イナンナの冥界下り」を能楽を  軸に日本語とシュメール語で上演。なお、この作品は『イザナギの冥界下り(『古事記』)』、『オルフェオの冥界下り(ギリシャ神話。モンテヴェルディ作の「オルフェオ」と能楽を組み合わせた)』に次ぐ冥界三部作の最終作品。

 

  • 『間(平城遷都1300年記念グランドフォーラム。金梅子氏により韓国にも招聘)』:『万葉集』の柿本人麻呂の歌を中心に構成。
  • 『水の夢(御茶ノ水WATERRASのこけら落し公演)』:御茶ノ水をテーマに水の精霊たちが人々に見せる夢を創作そのほか、『おくのほそ道幻想』、『結婚(ストラヴィンスキー』など。

 

【著書】『あわいの力(ミシマ社)』、『日本人の身体(ちくま新書)』、『身体感覚で『論語』を読みなおす。(春秋社)』、『本当はこんなに面白い「おくのほそ道」(実業之日本社)』、『異界を旅する能(筑摩文庫)』』、『イナンナの冥界下り』など多数。

 

Author: Shinichi Tsukada

 

Author: Shinichi Tsukada

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