麻生弘隆:リトアニアサッカー界で日本人のゴールキーパー

個人情報      
氏名 麻生 弘隆 (Hirotaka Aso)
生年月日 1987/9/6
出身 日本 北海道
学歴(大学、専攻) 札幌国際大学
趣味 アニメ鑑賞

 

弘隆さん, サッカーを始めたきっかけはなんですか。

元々子供の頃は、インドア派で、家でTVゲームなどをして遊ぶ事が多かったのですが、ある日、身体中に紫斑の出るアレルギー性紫斑病という難病にかかってしまいました。 病院では、毎日ベッドの上での生活になり、移動するのも車椅子に乗らなくてはいけなくなってしまいました。子供ながらに凄く辛い思いをしたのを覚えています。そして、色々な治療法を試し、もしもこの薬が効かなければ、人工透析で一生ベッドの上での生活になると言われましたが、なんとかその薬が効き、そのような事態にはなる事はありませんでした。家族も喜んでくれたを覚えています。 しかし、アレルギー性紫斑病は再発の恐れもあり、現在も完治したとは言えない状況ではあります。 退院後、リハビリをしていたのですが、とても辛く、その当時は、病気の事をよく理解していない事もあり、逃げ出したりもしていました。ある日、お医者さんから何かスポーツをするのであれば、リハビリ施設に来なくてもいいと言われ、同じ小学校の友達が放課後にグランドでサッカーをしており、それを見て楽しそうだと思い、そのサッカー少年団に入ったのがサッカーを始めたきっかけですね。 これからは、現在もアレルギー性紫斑病で苦しんでいる人達の少しでも助けになればと思い、サッカーを通じ支援していきたいと思っております。_MG_8892 (1)

ロールモデル(お手本)になる人がいましたか。

子供の頃から、川口能活選手(SC相模原)に憧れていましたね。 海外では、シュマイケル選手(元デンマーク代表)、ジャンルイジ・ブッフォン選手(イタリア代表)、ビクトル・バルデス(元スペイン代表)は好きなプレイヤーですね。お手本ですね。

 

どこの国のリーグでフットボールをしたことがありますか。麻生 弘隆さんのポジション名は

なんですか。

北信越リーグ 日本, 九州リーグ 日本, ソロモン諸島リーグ, リトアニアリーグ.

 

何歳ぐらいでフットボールを始めましたか .  リトアニアに来る前に、この国のフットボールに対するどんなイメージがありましたか。

10歳の時からフットボールを始め、1度引退してコーチをしたのち現役復帰して現在にいたる。トマス・ダニレビシウス選手(Tomas Danilevičius)は知っていました。フィジカルコンタクトが日本よりも強く、ボディコンタクトが激しいとは聞いていました。

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リトアニアのプレーヤーの将来についてどう思いますか。

ヨーロッパは強豪国やスタープレーヤーが多いためリトアニアが主要大会で勝つのはなかなか難しいと思う。それでも、UEFAユーロでもジャイアントキリングがあるので、チャンスはあると思う。リトアニアのプレーヤーはユーロ圏で労働ビザが必要なかったりするので、ヨーロッパの主要リーグでプレーするチャンスが多いので、多くのスター選手が出る可能性はあると思います。

 

リトアニア人の性格についてどう思いますか。

リトアニアで勉強になったのは、性格を個性とちゃんととらえるところですね。日本では、おとなしい性格だったり、あまり自分の意見を言えない人だと性格の改善を求めらるが、リトアニアではそれを個性として、受け入れているところですね!意見を言える人に対しては、お互い言い合いをしたりしますが、あまり自分の意見を言えない人には、言い方を変えたりして対応出来るのは素晴らしいと思います。あと、リトアニアの女性はしっかり自分の意見を言え、男女平等なのでそういう部分は日本も見習わないといけないと思います。

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リトアニアで得た経験は日本のプレーヤーとしてどんな影響を与えますか。

日本とリトアニアでは、プレー評価の基準が違うということですね。日本では、重要とされている部分はあまり求められていなかったり、逆に日本ではいいプレーであってもリトアニアでは物足りないという評価だったりしました。

 

日本では、サッカーは大人気ですね。弘隆さんは、日本と比べて、他の国々ではサッカーがそ んなに人気でないのはなぜだと思いますか。

リトアニアでは、バスケットボールがかなり人気であるように、国によって1番人気のスポーツが違うようにそれは仕方ないのかもしれません。しかし、フットボールは世界で1番メジャーなスポーツであると思います。そのため、フットボールは1番世界中の人達がと繋がれるがチャンスが多いスポーツだと思います。日本もそうですが、100年以上の歴史のあるイングランドや国技がフットボールであるブラジルより、メジャーになり、強くなるには、日本もリトアニアもまだまだ先の事になると思いますし、やり方も変えていかないといけないですね。

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リトアニアのフットボールが人気になるためにどうすればいいでしょうか。

もっと宣伝をして、スタジアムに観客を呼ぶべきだと思います。各チーム、コアなサポーターはいるのですが、観客が少ないですね!とくに、Lyga1は。 チームがもっとポスターを貼ったり、宣伝をしていって各クラブの地域を盛り上げていってほしいと思います。 ただ、リトアニアリーグの試合をYouTubeで観れる取り組みは素晴らしいと思いますし、それによって多くの国々にリトアニアのフットボールを知ってもらうきっかけになると思います。

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選手はすごい人だと思われていますね。どうしてですか。

フットボーラーがすごいと言われるのは、夢がある職業だからだと思う。1つは給料の金額だと思う。トッププレーヤーになると一般人が一生稼げない金額を1年で稼げたりします。しかし、そのためには、絶え間ない努力と運が必要とされ、契約期間も長くなく安定しているとは言えません。それでも、必死でプレーをして観客に感動を与えることが出来るの事が最大の醍醐味であり、2つ目の理由だと思います。

 

海外でプレーするようになったきっかけや動機はなんですか。日本のチームあるいは海外のチームどちら
 のほうがより好きですか。

私が海外でプレーするのは、引退した後のセカンドキャリアの事を考えてプレーする部分があります。語学であったり、考え方であったり日本では経験出来ない事がたくさんあり、それをセカンドキャリアで活かしたいと思い、海外でプレーする事を選んでいます。自分はフットボーラーであり、ギャンブラーでもいたいと思っており、海外でプレーするという事は、私はチャレンジであり、ギャンブルであると思っており、その日本では味わえない刺激を求めている部分もあります。あとは、自分は日本のアニメーションが好きで、その素晴らしさを海外でも広げていきたいと思っており、自分の試合などを観に来てくれてファンになった人に日本のアニメーションの伝えたり、逆にアニメーションの好きな人に はフットボールの素晴らしさを伝えたいと思っており、フットボーラーを引退した後は、その様な仕事をできればと思っております。

画像:麻生 弘隆 (Hirotaka Aso)

インタビューの著者: Ineza Stankovskyte (イネザ スタンコブスキーテ)

校正者: Karolina Vijeikyte (カロリナ ビエイキーテ)

Author: Ineza Stankovskytė

It all began as a gamble to travel to Japan on her own but resulted in serious commitments to East Asian studies in Germany and business relations with Japan that already last for 4 years. (2016)

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